読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

トリートReトリート

世界全体と私が同時に幸福であるための、ひきこもり修養所。

ネットで完全にクローズな場はありえるか

ありえないよね。っていう。

 

でも完全にクローズな場でしか話せない話題がある。長く生きていれば、到底多くの人には即否定される感情や考えなどをもってしまったとしても、それを表現する場は必要だと思う。

 

それは匿名で無責任に人を傷つけるための言葉じゃなくて、自分でもどうしようもない、こんなこと思いたくないのに、思ってしまう感情や考えの言葉。それを表現する場が現実にないとしたら?ウェブにあるといいよね。

 

それをウェブ上で完全に再現するのは難しいだろうけど。何せネットはその名のとおり繋がりまくってるわけで、ログも結構いつまでも残りそうだし。

 

いまじゃ自分のつぶやきまで、どんどん残っていく時代だからね。

 

僕はきっと結婚できないし子供もいない未来だろうけど、もしできた未来があって、無事に孫も生まれてそして僕が死んだとき。

 

孫は何気なく、

「僕が生まれる前のずっと前の30歳頃のじいちゃんは何をつぶやいていたのかな」

 なんて思ってFacebookをみてみると

「死を前提に僕と結婚してください!」

 という、つぶやきを目にして、

「じいちゃん頭おかしかったのかな」

 なんて思われたりしちゃう未来がくる可能性がじゅうぶんにある現代事情ですよ。

 

そんなわけだから、いくらクローズなSNSでもテキストデータとなれば、いつオープンな場に晒されて拡散されるかわからない。

 

こういう不安を持った状態では、自分の素直な気持ちは表現できないだろう。

そうすると安心して話せる場の雰囲気作りが大事になってくる。相手の否定的気持ちや感情を、正しさをもって同じように否定しないこと。ようするに考えは言っても気持ちは否定しない最低限のルール。

 

世界全体がそういう場所になれば、いちいち悩まなくてすむのに、そうもならないから、僕は何をどこに書こうか今日も迷いに迷う。

 

「考えすぎでしょうか」

「考えすぎです」

 

そして疲れて主に眠ります。

広告を非表示にする