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トリートReトリート

世界全体と私が同時に幸福であるための、ひきこもり修養所。

「Newひきこもり村。」再構築ゲーム宣言

ふわふわ宣言

僕の人生は一体何を僕に求めているのだろう?

 

今はむかし、学校に行かなくなったその頃、飯野賢治のことをゲーム雑誌を通じて知り、その言動のおもしろさ、作家性のあるゲームに引かれ、みんなと同じようにゲーム好きだった僕は、ゲームクリエイターになりたいと思った。

 

今もそうだが、単純でバカだったのだ。
でも、飯野さんが言っているようにゲームを作るというのはすごく難しい。ゲームが好き!という気持ちだけでは作るのは無理だ。

 

企画、脚本、プログラミング、音、グラフィック、デザイン。様々な知識、スキルが必要だ。スキルがあるから面白いゲームが作れるとは限らないが、そのスキルすら僕には未だにどれも身につけることが出来ないまま中学19年生になってしまった。

 

1999年「D2」をドリームキャストで出したあと、ビデオゲーム制作からはしばらく離れていた飯野さんはそれでもゲームクリエイターの肩書きでコンサルタント活動をしていた。

ある人が尋ねた。

「ゲーム以外の仕事をしているのに飯野さんはどうしてゲームクリエイターなんですか」。

「クライアントが抱えるどんなに難しい課題を解決するよりも、ゲームをつくるほうが難しい。逆に言うと、ゲームをつくれる人はなんでもできる。ゲームクリエイターという肩書きのまま、クライアントと接するのは相手に信頼感を与えていると思うし、ゲームをつくれる人は、どんな難題も克服できる人だということを、僕の肩書きで証明していきたい。だから、肩書きはゲームクリエイター以外、考えられない」と答えた。

「Hisakazu Hirabayashi * Official Blog 故・飯野賢治氏を偲ぶ」

http://hisakazuhirabayashi.blog95.fc2.com/blog-entry-1175.html より引用

なんて「そこにシビれる!あこがれるゥ!」なセリフだろう!ゲームを作るということは一つの世界をまるまる作ること。それに比べたら一つのビジネス的また社会的問題をクリアすることぐらい、例えそれがどんな難しい問題でも何とかなる。そうゲームクリエイターならね。

 

僕の人生は挫折の繰り返しだった。中学19年生というのもネタにならないくらいの笑えない人生。精神的問題を抱えたまま、ひきこもり続け、精神状態の乱高下で今もすぐ死にたくなる。恥ずかしくて情けなくて、憂鬱の海に沈んだ岩にように、しばらくまったく動けなくなることもよくある。

 

けれど「死んだら無条件で成仏するなんて思うなよー」という声が聞こえてくるので、死ぬ瞬間まで、いや死後でも解脱の道をあきらめたくないと思っているのです!

 

って何の話をしているんだ。この話については「100万回生きたねこ」の話をみてもらいたい。

http://www.youtube.com/watch?v=x6aldhcxpT0

 

とにかく僕はゲームクリエイターになりたかったのだ。世界をまるまる作ってしまうゲームクリエイターに。そして、どんな難しい社会的問題もクリアできるようになりたい。

 

僕ひとりでは到底できないから、飯野さんのWARPバンド論ように、メンバーを集めて。それが出来たら僕はもう死んでもいい。だから社会復帰とかたくさん働いてお金をなるべく稼ぐとか、もう今はどうでもいい。優先順位は下の下のゲゲゲのゲ。

 

20代のうちは何とか社会復帰しようと足掻いてきたけど、ことごとく失敗に終わった。これはもう運命のようなものなのかもしれない。

 

すてべを失った日

私は夢に向かって

歩きはじめた。 ーいわさきちひろ

http://chihiro-eiga.jp

 

以前作った、ひきこもりのためのひきこもりによるコミュニティサイト「ひきこもり村。」が僕らにとって、初めて完成させることができた「ゲーム」だったのかもしれない。そのサイトは残念ながら3年ほどで閉じることになってしまったけれど。

 

もう一度、改に「ひきこもり村。」を再構築する。それは同時にひとつの課題をクリアすることだ。ひきこもりでも働いていなくても、自分は生きていて良いと心から思えるようになること。働いてお金を得ることができなくても、生きていることは良い。

 

ただ存在していることが嬉しいと思える。そう感じることができるようになる場、そう感じ続けることができる場。持続可能な世界の構築。

 

たとえ僕やわたしやオレやぼくが、私がオレがいなくなっても、それは変わらず永遠と続いていく。これが僕の「ゲーム」宣言。

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